工事費だけでは決まりません。
耐震補強の工事費は、建替えより小さくなるのが通例です。しかし比較すべき項目は工事費だけではありません。補助の算定割合、残る年数、その後の維持費、光熱費、仮設校舎の必要性。これらを含めて初めて比較になります。
補助の算定割合では、地震補強が2分の1から3分の2、改築が3分の1から2分の1です。補強のほうが割合が高く設定されています。
一方、Is値が著しく低い建物では、補強の費用が建替えに近づきます。文部科学省の学校施設耐震化推進指針では、Is値0.3未満またはq値0.5未満を緊急度ランク1とし、改築が望ましいとしています。
この記事では、①比較の軸、②補助の差、③補強が有利な場合、④建替えが有利な場合、⑤判断の進め方、の5点を整理します。
目次
この記事の要点
- 補助の算定割合は、地震補強が2分の1から3分の2、改築が3分の1から2分の1
- 文部科学省の学校施設耐震化推進指針では、Is値0.7以上を構造体の安全性が確保されているとしている
- Is値0.3未満またはq値0.5未満は緊急度ランク1とされ、改築が望ましいとされている
- 比較は工事費だけでなく、補助の割合、残る年数、維持費、光熱費、仮設校舎の必要性を含めて行う
- 年あたりのコストで比べると、工事費の総額で見たときと結論が変わることがある
比較の軸は何か?
6つあります。
| 軸 | 内容 |
|---|---|
| 工事費 | 補強と改築のそれぞれ |
| 補助の算定割合 | 事業区分で異なる |
| 残る年数 | 工事後に使える年数 |
| その後の維持費 | 改修の周期と内容 |
| 光熱費 | 断熱と設備の性能による差 |
| 仮設校舎 | 必要になるか、その費用 |
工事費の総額だけでは判断を誤る
補強の工事費は改築より小さくなります。しかし補強後に使える年数が短ければ、年あたりのコストでは差が縮まります。
さらに改築した建物は断熱の性能が高く、設備も新しくなるため、光熱費と維持費が下がります。この差が長期で積み上がります。
年あたりのコストで比べる
工事費を使える年数で割った値で比べてください。
| 比較の項目 | 補強 | 改築 |
|---|---|---|
| 工事費 | 小さい | 大きい |
| 補助の算定割合 | 2分の1から3分の2 | 3分の1から2分の1 |
| 残る年数 | 建物の状態による | 長い |
| 維持費 | 既存の設備が残る | 下がる |
| 光熱費 | 断熱の性能による | 下がる |
仮設校舎の必要性
改築では、既存の校舎を解体して新しく建てるため、その間の校舎が必要になります。校庭に仮設校舎を建てるか、他の校舎に移るか。
仮設校舎の建設と撤去の費用は、改築の事業費に加わります。一方、補強は工区を分けて居ながらで進められる場合があります。
児童生徒数の見通し
改築すれば80年使える建物になりますが、その学校が80年続くとは限りません。児童生徒数が減って統合すれば、新しい校舎が余ります。
改築、改修、統合の判断は改築か改修か統合か、どう判断するのか?で扱っています。
補助の差はどうなっているのか?
補強のほうが算定割合が高くなっています。
| 事業 | 算定割合 |
|---|---|
| 地震補強 | 2分の1から3分の2 |
| 改築 | 3分の1から2分の1 |
| 大規模改造 | 3分の1から2分の1 |
| 長寿命化改良 | 3分の1から2分の1 |
地震補強が高く設定されているのは、耐震化を進める政策の意図によるものです。
算定割合は工事費に掛けるものではない
算定割合は、実際に支払う工事費に掛けるものではありません。国が定める基準に基づいて算定した額に掛けます。
実際の工事費が基準を上回る場合、その差は自治体の負担になります。したがって自治体の実質的な負担は、算定割合から単純に計算した額より大きくなります。
自治体の負担を比べる
補強と改築のそれぞれについて、総事業費から補助見込額を引いた自治体の負担を出してください。この額が比較の対象です。
算定の基礎となる額は所管部署に確認する必要があります。
地方債と交付税措置
自治体の負担分には地方債を充てる方法があります。充当率と交付税措置の有無は、事業の区分によって異なります。
財政の所管部署と調整し、実質的な負担を出してください。
事業区分の選択
補強に加えて大規模改造や長寿命化改良を組み合わせる場合、事業の区分が複数になります。区分ごとに算定割合が違うため、組み合わせ方で負担が変わります。
計画の段階で所管部署に相談してください。
補強が有利なのはどういう場合か?
4つの条件が揃うときです。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| Is値の不足が小さい | 0.7に近い値から持ち上げる |
| 構造体の劣化が小さい | 中性化と鉄筋の腐食が進んでいない |
| 平面と形状が単純 | 補強の箇所が少なく済む |
| 仮設校舎が不要 | 居ながらで進められる |
Is値の不足が小さい場合
Is値が0.6程度であれば、必要な補強量は小さくなります。0.3未満から0.7まで持ち上げる場合と比べ、工事量が大きく違います。
Is値の意味は耐震診断のIs値とは何か?で扱っています。
構造体の劣化が小さい場合
補強は既存の構造体を前提とする工事です。コンクリートが健全でなければ、補強材を取り付けても力が伝わりません。
中性化の深さと鉄筋の腐食を調査し、健全であることを確認してください。劣化が進んでいれば、補修の費用が加わります。
形状が単純な場合
平面が整形で、各階の壁の位置が揃っている建物は、補強の計画が立てやすくなります。
逆に増築を繰り返して平面が複雑な建物、階ごとに壁の位置が違う建物では、補強の箇所が増えます。
居ながらで進められる場合
工区を分けて居ながらで進められれば、仮設校舎が不要になります。
ただし耐震補強ははつりと穿孔が多く騒音が大きいため、長期休業に寄せる工程になります。工期が複数年度に延びることがあります。
耐震補強の進め方は学校の耐震補強はどう進めるのか?で扱っています。
建替えが有利なのはどういう場合か?
5つあります。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| Is値0.3未満またはq値0.5未満 | 緊急度ランク1。改築が望ましいとされている |
| 構造体の劣化が進んでいる | 補修の費用が大きい |
| 設備の更新も必要 | 補強に加えて設備の全面更新が必要 |
| 断熱の性能が低い | 光熱費が長期で積み上がる |
| 教室の配置が合わない | 現在の教育の形に合わない |
緊急度ランク1の場合
文部科学省の学校施設耐震化推進指針では、Is値0.3未満またはq値0.5未満を緊急度ランク1とし、改築が望ましいとしています。
補強で0.7以上に持ち上げるには大規模な工事が必要になり、費用が改築に近づきます。旧耐震校舎の判断は旧耐震の校舎は使い続けて大丈夫なのか?で扱っています。
補強に設備更新が重なる場合
補強だけでなく、屋上防水、外壁、給排水管、電気設備、空調の更新も必要な建物では、工事費が積み上がります。
これらを合計すると改築に近づくことがあります。必要な工事を全部足してから比較してください。
断熱の性能
旧い校舎は壁に断熱材がなく、単板ガラスのアルミサッシです。補強だけでは断熱の性能は上がりません。
空調を入れて通年で使えば、光熱費が毎年かかります。改築すれば断熱の性能が上がり、この費用が下がります。
教室の配置が合わない場合
学級規模の変化、特別支援の需要、ICTの活用、少人数指導。現在の教育の形に対して、既存の校舎の配置が合わないことがあります。
補強では間取りを大きく変えられません。改築であれば、現在の形に合わせて計画できます。
補強で窓が塞がれる場合
鉄骨ブレースを入れると、その位置の窓が塞がれます。採光が落ち、教室として使いにくくなります。
性能は確保されても教育環境が悪化するなら、改築のほうがよいという判断になります。
判断はどう進めるのか?
調査と比較表です。
| 手順 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 耐震診断の結果を確認する |
| 2 | 構造体の劣化を調査する |
| 3 | 必要な工事を全部書き出す(補強以外も含む) |
| 4 | 補強の場合と改築の場合の総事業費を出す |
| 5 | それぞれの補助見込額と自治体の負担を出す |
| 6 | 残る年数で割って年あたりのコストを出す |
| 7 | 児童生徒数の見通しを重ねる |
必要な工事を全部書き出す
比較で最も重要なのは3です。補強だけを比較の対象にすると、補強が有利に見えます。
屋上防水、外壁、建具、給排水管、電気設備、空調、トイレ。これらが必要であれば、すべて足してから比較してください。
説明できる形に整理する
議会と地域に説明する必要があります。工事費、補助見込額、自治体の負担、残る年数、年あたりのコスト。この5つを並べた表があれば、議論の前提が揃います。
「補強のほうが安い」という説明だけでは、後から異論が出ます。
複数案を作る
補強案、改築案、統合して1校にする案。複数の案を同じ条件で比較してください。
1案だけを示すと、他の選択肢を検討していないという指摘を受けます。
調査を前年度に行う
比較に必要な情報は、調査で得られます。耐震診断、構造体の劣化、設備の状態。
調査を当年度に行うと、その年度の予算要求に間に合いません。前年度に済ませてください。
よくある質問
Q. 耐震補強と建替えはどちらが安いですか。
A. 工事費では補強が小さくなりますが、補助の算定割合、残る年数、維持費、光熱費、仮設校舎の必要性を含めて比較する必要があります。年あたりのコストで比べると結論が変わることがあります。
Q. 補助の割合に差はありますか。
A. あります。地震補強は2分の1から3分の2、改築は3分の1から2分の1です。補強のほうが高く設定されています。
Q. 補強が有利なのはどういう場合ですか。
A. Is値の不足が小さい、構造体の劣化が小さい、平面と形状が単純、仮設校舎が不要という条件が揃うときです。
Q. 建替えが望ましいとされるのはどういう場合ですか。
A. 学校施設耐震化推進指針では、Is値0.3未満またはq値0.5未満を緊急度ランク1とし、改築が望ましいとしています。
Q. 比較で見落としやすい点は何ですか。
A. 補強以外に必要な工事です。屋上防水、外壁、給排水管、電気設備、空調、トイレ。これらを足してから比較しないと、補強が有利に見えます。
Q. 補強すると教室は使いにくくなりますか。
A. 鉄骨ブレースを入れると、その位置の窓が塞がれることがあります。採光が落ちるため、教育環境への影響を設計の段階で確認してください。
まとめ
耐震補強と建替えの比較は、工事費だけでは決まりません。補助の算定割合、残る年数、その後の維持費、光熱費、仮設校舎の必要性を含めて初めて比較になります。
補助では、地震補強が2分の1から3分の2、改築が3分の1から2分の1です。補強のほうが高く設定されています。ただし算定割合は実際の工事費に掛けるものではなく、国が定める基準に基づく額に掛けます。実際の負担は単純な計算より大きくなります。
補強が有利なのは、Is値の不足が小さく、構造体の劣化が小さく、平面と形状が単純で、仮設校舎が不要な場合です。逆に文部科学省の学校施設耐震化推進指針では、Is値0.3未満またはq値0.5未満を緊急度ランク1とし、改築が望ましいとしています。
比較で最も見落としやすいのは、補強以外に必要な工事です。屋上防水、外壁、建具、給排水管、電気設備、空調、トイレ。これらが必要であれば、すべて足してから比較してください。補強だけを対象にすると、補強が有利に見えます。
そして断熱です。補強では断熱の性能が上がりません。空調を入れて通年で使えば、光熱費が毎年かかります。この差が長期で積み上がります。
判断は、調査の結果に基づいて複数案を同じ条件で比較し、工事費、補助見込額、自治体の負担、残る年数、年あたりのコストを並べた表にすることです。調査は前年度に済ませてください。
参考・出典
- 文部科学省「学校施設耐震化推進指針」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/shuppan/04121502.htm
- 文部科学省「公立学校施設整備に関する実務」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/zitumu.htm
- 文部科学省「公立学校施設費国庫負担金等に関する関係法令等の運用細目・交付要綱等」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/unyou/index.htm
- e-Gov法令検索「義務教育諸学校等の施設費の国庫負担等に関する法律」 https://laws.e-gov.go.jp/law/333AC0000000081
- e-Gov法令検索「建築物の耐震改修の促進に関する法律」 https://laws.e-gov.go.jp/law/407AC0000000123
記載の制度および算定割合は公表時点のものです。算定の基礎となる額、事業の区分および採択の判断は所管部署により異なり、費用の比較は建物の状況によって変わります。個別の判断は所管部署および設計者にご確認ください。
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