耐震診断の報告書を受け取って、最初に目に入るのが「Is値」という数字です。ところが、この数字の読み方には学校特有のクセがあります。一般の建築物なら0.6以上で「耐震性あり」とされるのに、学校では0.7という別の基準が出てくる。しかも、その0.7は法律上の義務ではありません。
この「0.6と0.7のあいだ」をどう扱うかが、学校施設の耐震診断でもっとも判断を要するところです。ここを理解しないまま報告書を読むと、補強の要否も、交付金が使えるかどうかも判断できません。
目次
Is値とは何を表しているのか
Is値(構造耐震指標)は、建物の耐震性能を表す指標です。数値が大きいほど耐震性が高いことを示します。文部科学省の耐震補強事例集では、次の式で求めるとされています。
Is = E0 × SD × T
- E0(保有性能基本指標):建物が保有している基本的な耐震性能。Is値を求めるうえで最も重要な指標で、C(強度の指標)× F(粘り強さの指標)で構成される
- SD(形状指標):平面・立面形状の非整形性を考慮する指標。1.0を基準に、建物形状や耐震壁の配置バランスが悪いほど数値が小さくなる
- T(経年指標):経年劣化を考慮する指標
ここで実務上重要なのは、Is値は「強度」だけで決まらないということです。E0はC(強度)とF(粘り強さ)の積で表されます。文科省の事例集は、強度は大きいが粘りのない建物と、強度は小さいが粘り強い建物を並べて、前者は限界を超えた力がかかったときに突然破壊が起こると説明しています。強度が大きい建物が地震に強い建物とは一概に言えない、というのが公式見解です。
したがって補強の方向性も2つあります。強度を上げる(耐震壁の増設など)か、粘り強さを改善する(構造スリット、鉄骨ブレースなど)か。「とにかく壁を増やせば数字が上がる」という話ではありません。
もう一つ見落とされやすいのがSDとTです。Is値が伸びない原因が形状のアンバランス(SD)や劣化(T)にある場合、部材をいくら足しても効率が悪い。校舎は片廊下型で桁行方向と梁間方向の性能差が大きく出やすく、増築を繰り返した棟はSDが効いてきます。Is値は各階・各方向ごとに算出され、報告書に載る代表値はその最小値です。つまり「どこか1か所の弱点」が建物全体の評価を決めています。この弱点がどこにあるかを読まずに、平均的な補強計画を立てても意味がありません。
0.6と0.7──2つの基準の使い分け
Is値の目安は、平成18年1月25日 国土交通省告示第184号によって次のように定められています。
- Is < 0.3:地震に対して倒壊または崩壊する危険性が高い
- 0.3 ≦ Is < 0.6:地震に対して倒壊または崩壊する危険性がある
- 0.6 ≦ Is:地震に対して倒壊または崩壊する危険性が低い
これが全建築物に共通する物差しです。ここでいう「大規模な地震」は震度6強〜7程度を想定しています。
一方、文部科学省は学校について別の水準を示しています。公立学校施設の耐震改修の補助要件として、地震時の児童生徒の安全性と被災直後の避難場所としての機能性を考慮し、補強後のIs値がおおむね0.7を超えることとしています。
ここで正確に押さえるべきなのは、0.7は「建築基準法上の合否ライン」ではなく、補助要件として設定された水準だということです。法規上の危険性判定は0.6で切れています。0.7は、学校という用途の特殊性(子どもが一日の大半を過ごす/地域の避難所になる)を踏まえて、国が補助の土俵として引いた線です。
そしてこの区別が、実務でそのまま効いてきます。平成26年度から、Is値0.6以上の学校施設については各自治体の判断で耐震基準を満たしているとみなすことができるようになりました。自治体の公表資料には、文科省基準の0.7を下回るため耐震化の優先度をCとしていた校舎が、耐震改修促進法の基準を満たすIs値0.6以上の建物は各自治体の判断となったため扱いが変わった、という記載が実際に残っています。
つまりIs値0.65の校舎は、「危険な建物」ではないが「文科省が求める水準には達していない」という宙吊りの状態にあります。ここをどう扱うかは、法律ではなく設置者の方針の問題です。診断結果を見て「0.6を超えているから大丈夫」と流すのか、避難所指定を受けている以上0.7まで上げるのか。ここは技術判断ではなく政策判断であり、だからこそ議会や保護者への説明が要る領域です。
Is値だけでは判定は終わらない
報告書にはIs値と並んでq値が載ります。q値は保有水平耐力に係る指標で、1.0以上あれば倒壊や崩壊の危険性が低く、1.0未満では危険性があるとされています。
私立学校施設の耐震補強に対する国庫補助の要件を見ると、この構造がはっきりします。RC造・S造・SRC造ではIs値がおおむね0.7に満たないこと、もしくはq値がおおむね1.0(Ctusd値では0.3)に満たないこと、木造ではIw値がおおむね1.1に満たないこと、が原則として補強の補助対象要件とされています。Is値かq値のどちらかが基準を割っていれば対象という構造です。Is値だけを見て安心する読み方は、報告書の読み方として不完全です。
第1次・第2次・第3次診断の違い
耐震診断には第1次から第3次までの3つのレベルがあります。診断の目的と対象建物の構造特性に応じて選択しますが、「強度」と「粘り」を求める点はどのレベルでも共通です。
| 診断レベル | 計算に入れるもの | 学校での位置づけ |
|---|---|---|
| 第1次診断 | 各階の柱・壁のコンクリート断面積と、その階が支える建物重量から略算 | 壁の多い建物向け。壁の少ない建物では耐力が過少評価される傾向。この結果で適切な補強設計を行うことは困難 |
| 第2次診断 | 柱・壁の断面積に加え鉄筋の配置を考慮し、部材ごとの強度と粘り強さを算定 | 学校の標準。RC造耐震診断基準でも原則として第2次診断による。築年の経過した4〜5階程度の低層建物で最も多く採用 |
| 第3次診断 | 柱・壁に加え梁も考慮して建物の耐力を計算 | 高層建築や特殊な構造向け。第2次診断より精度が高い |
診断レベルが違えば、同じ建物でも出てくるIs値が違います。自治体の公表資料には、第1次診断より詳細な第2次診断では結果に差異が生じるため、第1次診断のIs値はカッコ書きで表記する、という注記が付いているものがあります。過去の資料に残っている数字を引っ張ってくるときは、それが何次診断の値なのかを必ず確認してください。ここを取り違えると、補強が要らない建物に予算を積んだり、逆に危険な建物を見逃したりします。
なお、耐震改修促進法上の「安全」の判定ラインも診断レベルで異なり、1次診断ではIs値0.8以上、2次・3次診断では0.6以上とされています。1次診断が略算ゆえに安全側へ寄せた基準になっているためです。
屋内運動場(体育館)は校舎とは別基準です。文部科学省大臣官房文教施設企画部の「屋内運動場等の耐震性能診断基準(平成18年版)」によります。校舎の診断をした業者がそのまま体育館も見られるとは限らない、という点は業者選定時の実務的な論点になります。
「耐震診断」と「耐力度調査」は別物
学校施設に固有の混乱がここです。文科省の補助事業には、耐震診断とは別に耐力度調査という制度があります。文科省自身がQ&Aで両者の違いを説明しているほど、混同されやすいものです。
| 耐震診断 | 耐力度調査 | |
|---|---|---|
| 何を見るか | 地震に対する安全性を構造力学上診断する | 構造耐力/経年による耐力・機能の低下/立地条件による影響の3点を総合的に調査し、老朽化を評価する |
| 結果の指標 | Is値・q値 | 耐力度点数 |
| つながる事業 | 耐震補強 | 所要の点数に達しないものは、老朽化した施設を建て替える補助事業の対象 |
| 根拠 | 公立学校建物の耐震診断等実施要領(平成22年4月9日付け) | 公立学校建物の耐力度調査実施要領(平成30年4月2日付け文教施設企画部長決定) |
要するに、耐震診断は「補強するための調査」、耐力度調査は「建て替えるための調査」です。どちらも原則として一級建築士資格を有する者が行うこととされています。
この違いが実務で問題になるのは、補強か改築かの分岐点です。Is値が極端に低い建物では、補強で0.7まで持ち上げるより建て替えたほうが合理的な場合がある。ところが改築事業の補助を取るには耐力度調査が必要で、耐震診断の結果だけでは足りません。診断を発注する段階で出口(補強か改築か)を想定できていないと、調査をやり直すことになります。
なお耐力度調査の改定Q&Aによれば、RC造・S造・補強コンクリートブロック造で耐震診断が未実施のものは、耐震診断基準の手法を用いて構造耐力の水平耐力を算定して評価する扱いになっています。両者は無関係ではなく、接続しています。
Is値と交付金の算定割合はつながっている
Is値は技術指標であると同時に、お金の額を決める数字です。学校施設環境改善交付金の算定割合は、Is値によって次のように分かれます。
- 地震補強:Is値0.3未満 → 2/3/Is値0.3以上0.7未満 → 1/2
- 改築:1/3(ただしIs値0.3未満で補強困難な場合は1/2)
Is値0.29と0.31で、国の負担割合が2/3と1/2に変わります。診断レベルの選択や、代表値としてどの階・どの方向の最小値が出るかが、そのまま予算に跳ね返るということです。
ただし注意が必要なのは、「工事費の2/3が出る」という意味ではないという点です。交付金の算定は、配分基礎額(配分面積×配分単価)×算定割合と、実工事費×算定割合の、少ない方が基礎になります。実勢価格が国の単価を上回れば、その差額は出ません。算定割合の数字だけを見て資金計画を立てると破綻します。
詳しくは学校施設環境改善交付金の使い方(K168)と学校の耐震化に使える補助金・交付金(K161)で解説しています。
診断はどこまで義務なのか
「うちは診断が要るのか」という問いには、規模で答えが変わります。
学校施設は「建築物の耐震改修の促進に関する法律」により耐震診断・耐震改修の努力義務が課せられています。さらに平成25年度の同法改正で、階数2以上かつ3,000㎡以上の小中学校・中等教育学校の前期課程・特別支援学校、階数2以上かつ1,500㎡以上の幼稚園(要緊急安全確認大規模建築物)については、耐震診断とその結果の報告が義務づけられました。この面積算定では、同一敷地内で構造上別棟でも、用途上不可分で一体利用される建築物は同一の建築物とみなして床面積の合計と階数を判断します。棟単位で考えて「うちは対象外」と判断すると誤ります。
専修学校・各種学校も同法により耐震診断・耐震改修の努力義務の対象です(3階以上かつ1,000㎡以上)。公立小中学校等については、地震防災対策特別措置法により、設置者である地方公共団体に耐震診断の実施と結果の公表が義務づけられています。
診断から工事までの実務上の勘所
| 検討項目 | 課題・発生するリスク | 解決の方向 |
|---|---|---|
| 図面の有無 | 旧耐震の校舎は構造図が失われていることが珍しくない。図面がなければ配筋を実測するしかなく、はつり調査・鉄筋探査が追加で発生する。診断費用と工期の見積りが前提から崩れる | 診断発注前に図面の現存確認を行い、無い場合は調査費を積んだうえで発注する。竣工図・確認申請副本・増築時の図面まで遡って探す |
| 診断レベルの選択 | 第1次診断で低い値が出て「危険」と判断し、実際は第2次診断なら基準を満たす建物に補強予算を積んでしまう。逆に第1次の値を最終判断に使い、補強設計に進めない | 補強設計まで見据えるなら最初から第2次診断で発注する。第1次診断は優先順位づけの道具と割り切る |
| 0.6〜0.7の判断 | 法的には危険でないが文科省水準には届かない建物が出る。放置すると避難所指定との整合を議会や保護者から問われ、後年に説明できない | 設置者として方針を文書で決めておく。避難所指定の有無、児童生徒数、統廃合計画と重ねて優先度を判断する |
| 補強か改築か | 耐震診断だけ実施した後で改築に方針転換し、改築の補助要件を満たすための耐力度調査を別途発注することになる。年度をまたぎ、着工が1年遅れる | 診断の企画段階で、老朽度と将来の児童生徒数を踏まえ出口を仮置きする。境界的な建物は診断と耐力度調査の並行実施も検討する |
| 補強工法と教育活動 | 耐震壁の増設で採光・通風・動線が犠牲になる。鉄骨ブレースが窓を塞ぎ、補強後の教室が暗く使いにくくなる。数字は満たしたが学習環境が劣化する | 外付けフレーム、枠付き鉄骨ブレース、構造スリットなど工法の選択肢を設計段階で比較する。「粘りを上げる」方向の補強なら壁を増やさずに済む場合がある |
| 工事時期 | 耐震補強は騒音・振動・粉じんを伴う。学期中の施工は授業に影響し、区画養生と工程の細分化でコストが膨らむ | 長期休暇に山場を寄せる工程を組む。診断→補強設計→交付金申請の逆算で、少なくとも1年以上前から動く |
耐震補強だけを単独でやらない
ここが最も伝えたい点です。耐震補強を耐震補強として単独で発注するのは、機会の損失です。
耐震補強は、足場を架け、仮設を組み、教室を空け、養生をして行う工事です。この足場・仮設・養生は共通費であり、何の工事のために架けても金額はほぼ変わりません。そして耐震補強で壁や柱を触るとき、その周辺では内装を復旧します。天井を開けるなら、そこには空調のダクトも、LEDの配線も、Wi-Fiの配線も通っています。
つまり、耐震補強の工事範囲と、老朽化改修・空調更新・LED化・非構造部材の耐震対策の工事範囲は、物理的に重なっています。別々に発注すれば、同じ足場を2度架け、同じ天井を2度開け、同じ夏休みを2年使うことになります。
制度もそう設計されています。文科省が「基本的に全面建て替え(改築)方式から、工事費が安価で工期の短い改修方式による再生整備への転換を図る」という基本的考え方を示してきた背景には、耐震化と質的整備を切り離さずに進めるという発想があります。長寿命化改良事業にせよ大規模改造にせよ、束ねて実施することを前提に組み立てられています。
診断報告書が上がってきた段階が、この判断のタイミングです。Is値だけを見て「補強○棟、費用○円」と積算する前に、その棟の外壁・屋上防水・空調・電気設備の更新時期を並べてください。同じ棟に5年以内に別工事が予定されているなら、それは1つの工事にまとめるべきものです。
この判断は、構造の診断者だけでも、設備業者だけでもできません。建物全体を建築工事として設計できる立場が要ります。
株式会社光建舎にご相談ください
光建舎は教育施設の設計・改修を専門とし、現況調査から設計・施工管理までを一貫して対応します。耐震補強を単独工事で終わらせず、老朽化改修・空調・電気設備の更新と束ねた最適な工事計画をご提案します。全国対応・現地調査とオンライン協議の併用で、構想段階からのご相談を承ります。
関連記事
- 学校の耐震補強(K001)
- 旧耐震・新耐震とは?学校施設の見分け方と改修の考え方(K211)
- 学校の耐震化に使える補助金・交付金|対象と進め方(K161)
- 学校改修の進め方ガイド(K296)
参考・出典
- 文部科学省「耐震補強早わかり 地震に負けない学校施設-耐震補強事例集-」(平成18年9月)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/shuppan/06100416/001.pdf - 文部科学省「学校施設の耐震化推進について 一般的な質問に対する回答」(2026年7月確認)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/bousai/taishin/03061201/004/002.htm - 文部科学省「耐力度調査について」(2026年7月確認)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/1388413.htm - 文部科学省「公立学校建物の耐力度調査の実施方法について」(平成30年4月2日付け文教施設企画部長決定)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/1403522.htm - 文部科学省「耐力度調査改定Q&A」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/1388493.htm - 文部科学省「公立学校の施設整備(国庫補助事業について)」
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/zitumu.htm - 国土交通省告示第184号「建築物の耐震診断及び耐震改修の促進を図るための基本的な方針」(平成18年1月25日)
- 一般財団法人日本建築防災協会「2017年改訂版 既存鉄筋コンクリート造建築物の耐震診断基準・改修設計指針同解説」
- 文部科学省大臣官房文教施設企画部「屋内運動場等の耐震性能診断基準(平成18年版)」
- 八幡浜市教育委員会「学校別耐震診断状況」(令和4年4月1日)
※記載の制度や法令は公表時点のものです。最新情報は各所管の公表資料をご確認ください。
学校施設のご相談
その工事、補助金が使えるか無料でチェックします
トイレ・空調・体育館・玄関・耐震など、検討中の工事に使える国や都道府県の補助制度を、公表資料をもとに確認して3営業日以内にご回答します。「補助金が使えないか調べるよう言われた」という段階のご相談で構いません。
補助金の無料チェックを依頼する株式会社光建舎は、設計(ウイングスペース一級建築士事務所)から施工まで一社で対応しています。図面や仕様が固まっていない計画段階からのご相談も承っています。概算だけ先に欲しい、という段階でも構いません。
受付時間 平日 9:00〜18:00