目次
40年の総額で比べる
「この改修にいくら使うと、いくら返ってくるのか」。施設投資でこれを問われると、担当者は答えに詰まります。工場の設備投資と違い、学校の校舎は直接の収益を生まないためです。
しかし比較はできます。何もしなかった場合、建て替えた場合、長寿命化した場合。それぞれ40年でいくらかかるかを並べれば、判断の土俵に乗ります。
この記事では、①学校施設のROIをどう定義するか、②文部科学省が示す標準単価、③40年総額での比較、④数値化できない効果の扱い、⑤試算でよくある誤り、の5点を整理します。
この記事の要点
- 学校施設のROIは収益ではなく、将来コストの削減額で測るのが現実的
- 文部科学省の試算ソフトの標準単価例は、改築40万円/平方メートル、長寿命化改修24万円/平方メートル、予防改修10万円/平方メートル
- 改築型は目標使用年数60年、長寿命化型は80年というシナリオで比較する
- 比較の単位は単年度の工事費ではなく、40年の総額と年あたり平均
- 光熱水費・維持管理費・経常修繕費を含めないと、実際の差は見えない
学校施設のROIとは何か?
学校施設のROIとは、投資額に対してどれだけ将来コストを減らせるかを示す指標です。民間の設備投資のように売上増で測るのではなく、削減額で測ります。
理由は単純で、校舎が収益を生まないためです。私立学校であれば定員充足を通じた収入への影響がありますが、公立学校では収入側の変数がありません。
そこで、次の式で考えます。
投資しなかった場合の40年コスト − 投資した場合の40年コスト = 削減額
この削減額が投資額を上回るかどうかが判断軸になります。
何を比較の対象に含めるのか?
工事費だけでは足りません。文部科学省の試算ソフトでは、施設に関わる費用を次の区分で扱っています。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 改築 | 建て替えに要する費用(解体費を含む) |
| 長寿命化改修 | 構造躯体の補修と仕上げの取り換え |
| 予防改修 | 機能回復のための改修 |
| 部位改修 | 屋根・外壁・内部仕上・電気設備・機械設備などの部位ごとの改修 |
| その他施設整備費 | プールやグラウンドなど建物に結び付かない事業費 |
| 経常修繕費 | 日常的に発生する軽微な不具合対応 |
| 維持管理費 | 日常的な管理費、清掃費、保守点検費 |
| 光熱水費・委託費 | 電気・ガス・水道料金、施設運営の委託費 |
工事費(上の4区分)だけを比べると、判断を誤ります。維持管理費と光熱水費は毎年発生し、40年で積み上がると工事費に匹敵する規模になるためです。
中長期の費用の組み立て方は施設整備の中長期修繕計画の作り方にまとめています。
単価はいくらで置くのか?
文部科学省の試算ソフトの操作マニュアルでは、算定条件のサンプルとして次の数値が示されています。
| 工種 | 単価 | 工事期間 |
|---|---|---|
| 改築 | 400,000円/平方メートル | 3年 |
| 長寿命化改修 | 240,000円/平方メートル | 2年 |
| 予防改修 | 100,000円/平方メートル | 1年 |
長寿命化改修の単価は改築の0.6倍です。この比率が、判断の出発点になります。
なお、この単価には消費税・物価上昇率・設計費・管理委託費等を含めるものとされています。工事費だけを入れると過少になります。
単価は自校の実績で置き換える
標準単価はあくまで初期値です。地域や仕様によって実勢は動きます。
過去の工事実績があれば、そちらを使ったほうが精度が上がります。実績がない場合でも、近隣自治体の公表事例や直近の入札結果を参照できます。
積算の精度がどの段階で上がるかは学校の数量調査と概算工事費で扱っています。
40年でどう比べるのか?
シナリオを設定して、建物ごとに工事の実施時期とコストを並べます。
文部科学省の試算ソフトでは、次のようなシナリオが例示されています。
| シナリオ | 目標使用年数 | 長寿命化改修 | 予防改修 |
|---|---|---|---|
| 改築型1 | 60年 | なし | 20年周期 |
| 長寿命化型1 | 80年 | 築40年で実施 | 20年周期 |
| 長寿命化型2 | 90年 | 築45年で実施 | 15年周期 |
改築型は築60年で建て替える前提、長寿命化型は築40年で長寿命化改修を行い80年使う前提です。
何が起きるか
改築型では、築60年の時点で1平方メートルあたり40万円の支出が発生します。長寿命化型では、築40年の時点で24万円を投じ、そのあと20年周期で予防改修10万円を重ねます。
40年という試算期間の中では、建物の築年数によって結果が逆転します。すでに築50年の建物なら改築型のほうが試算期間内の支出が早く大きく出ますし、築30年の建物なら長寿命化型のほうが早く支出が始まります。
つまり、施設全体で見ないと意味がありません。1棟だけの比較では判断できません。
総額と年あたり平均の両方を見る
文部科学省の試算ソフトのサンプル画面では、40年間の総額が4,651億円、年あたり平均116億円と表示されています。これに対して過去の施設関連経費は年20億円で、倍率は5.81倍です。
この倍率が示すのは、ROIの議論の前に「そもそも払えるのか」という問題が来るということです。削減効果を示すことより、この倍率を下げることが実質的な目標になります。
建て替えと長寿命化はどちらが有利か?
単価だけを見れば長寿命化が有利です。ただし前提条件があります。
構造躯体が使えること
長寿命化改良事業の採択要件は、建築後40年以上経過し、今後30年以上使用を予定し、構造体の劣化状況等の調査を行っていることです。
圧縮強度が不足していたり不同沈下があれば、長寿命化は選べません。判断のための調査は建物カルテとは何か?にまとめています。
30年以上使う前提が立つこと
国庫補助の要件として、長寿命化改修後はその棟を30年以上使用することが求められます。
児童生徒数の推計で、その学校が30年後に残っているかを確認する必要があります。推計の作り方は学校の児童生徒数推計とは?を参照してください。
統合の可能性がある学校に長寿命化改修を行うと、投資が回収できないまま用途を失います。
教育機能の更新が必要な場合
長寿命化改修は構造躯体を残すため、間取りの自由度に制約があります。教室配置を大きく変えたい場合や、複合化して他用途を入れたい場合は、改築のほうが適することがあります。
判断の枠組みは学校は建替え・長寿命化改修・統合のどれを選ぶ?で扱っています。
数値化できない効果はどう扱うのか?
無理に数値化せず、別の軸として並べます。
数値化できるもの
- 光熱費の削減(LED化、断熱改修、空調更新)
- 維持管理費の削減(設備更新による保守費減)
- 応急対応費の削減(雨漏り補修などの累積)
- 将来の工事費の削減(予防保全による範囲縮小)
これらは金額で示せます。特に光熱費は電気料金の実績があるので、削減率を掛けるだけで試算できます。
数値化しにくいもの
- 安全性の向上
- 教育環境の改善
- 避難所としての機能向上
- 学校の魅力向上による定員確保(私立の場合)
これらを無理に金額換算すると、前提の置き方次第でいくらでも数字が動きます。かえって信頼を失います。
代わりに、達成度で示す方法があります。文部科学省の試算ソフトでは、バリアフリー、ICT、防災、トイレ環境、省エネ・脱炭素などの項目について、未対応から全て対応までの5段階で評価し、重みづけをして100点満点の達成度を算出する仕組みが用意されています。
金額と達成度を並べて示せば、「いくらかけて、何がどこまで良くなるか」が見えます。
試算でよくある誤りは何か?
3つあります。
単年度で比較する
「今年の工事費が安いほう」で選ぶと、後年度の支出が見えません。40年で比べるのが基本です。
維持管理費を入れない
工事費だけを比べると、建て替えで設備が新しくなることによる維持管理費の低下が反映されません。逆に、長寿命化で古い設備を残す場合の維持管理費も見えません。
積み残しを無視する
すでに長寿命化改修や改築の時期を過ぎている建物が多数ある場合、試算の初年度に支出が集中します。これを平準化せずに計画を組むと、初年度から実行不能な数字になります。
文部科学省の試算ソフトでも、積み残しについて何年以内に実施するかを設定する仕組みが用意されています。
ROIを意思決定の資料にどう載せるか?
比較表1枚にまとめます。理事会や議会に出す資料では、詳細な試算より、選択肢ごとの結論が一覧できることが重要です。
| 項目 | 何もしない | 部位改修のみ | 長寿命化改修 | 改築 |
|---|---|---|---|---|
| 初期投資 | 0 | 小 | 中 | 大 |
| 40年総額 | 試算値 | 試算値 | 試算値 | 試算値 |
| 年あたり平均 | 試算値 | 試算値 | 試算値 | 試算値 |
| 整備レベルの達成度 | 現状 | 一部改善 | 大幅改善 | 最大 |
| 主なリスク | 事故・応急費増 | 躯体劣化の進行 | 躯体調査で不可判定 | 仮設・工期 |
「何もしない」を必ず入れます。この列があることで、投資しないことにもコストがかかるという事実が見えます。
意思決定資料の組み立て方は理事会で施設投資を通すための資料はどう作るか?にまとめています。
よくある質問
Q. 改築40万円/平方メートルという単価は現在も妥当ですか。
A. 令和5年3月公表の解説書で算定条件のサンプルとして示された数値です。近年の資材高を踏まえると、地域や仕様によっては上振れします。自校の直近実績で置き換えるのが確実です。
Q. 40年という期間はどこから来ていますか。
A. 文部科学省の試算ソフトが基準年の翌年度から40年間を試算期間としているためです。目標使用年数が80年の建物では、40年で全ての工事が現れるわけではありません。
Q. 長寿命化改修は本当に安いのですか。
A. 単価では改築の0.6倍です。ただし目標使用年数が改築型60年に対し長寿命化型80年なので、単純比較はできません。1年あたりの費用で見ると差は縮まります。
Q. 私立学校でも同じ考え方が使えますか。
A. 使えます。私立では定員充足を通じた収入への影響があるため、削減額に加えて収入側の見通しも並べられます。定員割れ対策としての施設投資の考え方を参照してください。
Q. 試算は誰が行いますか。
A. 文部科学省が付属のエクセルソフトを公表しており、建物情報を入力すれば試算できます。建築の専門知識がない場合は、営繕担当部署との連携が推奨されています。
まとめ
学校施設のROIは、収益ではなく将来コストの削減額で測ります。文部科学省の試算ソフトのサンプルでは、改築40万円/平方メートル、長寿命化改修24万円/平方メートル、予防改修10万円/平方メートル。長寿命化は改築の0.6倍です。
ただし単価だけでは判断できません。目標使用年数が違い、構造躯体の状態と30年以上使う前提が要件になります。そして光熱水費や維持管理費を含めないと、実際の差は見えません。
比較は40年の総額と年あたり平均で行います。そのうえで、過去の施設関連経費との倍率を確認する。多くの自治体では、この倍率を下げることがROI以前の課題になります。
数値化しにくい効果は、無理に金額換算せず達成度で並べる。金額と達成度の2軸で示すほうが、意思決定者にとって判断しやすい資料になります。
参考・出典
- 文部科学省「学校施設の長寿命化計画の見直しに向けたコスト試算等に係る解説書」【第3章・参考資料】(令和5年3月) https://www.mext.go.jp/content/20230901-mxt_sisetujo-100003127_2.pdf
- 文部科学省「学校施設の長寿命化改修に係る劣化状況調査の手引き」(令和5年3月) https://www.mext.go.jp/content/20230327-mxt-sisetujo-100003127_02.pdf
- 文部科学省「公立学校施設の老朽化対策の推進」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/1334433.htm
記載の制度は公表時点のものです。最新の要件・割合・期限は所管省庁の公表資料でご確認ください。
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