この記事は、学校施設の設計・施工を行う株式会社光建舎が作成しています。設計(ウイングスペース一級建築士事務所)から施工まで一社で対応し、専門学校・高校・自治体の学校施設を手がけています。

建物カルテとは何か?

学校施設の現状調査をどう計画と予算に使うか

施設担当に着任して最初に困るのは、「どの建物が、いま、どのくらい傷んでいるのか」を答える資料がないことです。図面はある。点検記録もどこかにある。ただ、建物ごとに状態と優先度を一覧できるものがない。

建物カルテは、この状態を解消するための道具です。そして単なる台帳ではありません。長寿命化事業の採択要件に直結し、予算要求の根拠になり、議会説明の材料になります。

この記事では、①建物カルテとは何か、②なぜ調査が採択要件なのか、③何を調べるのか、④実際にいくらかかるのか、⑤カルテをどう使うか、の5点を、文部科学省の公表資料にもとづいて整理します。

この記事の要点

  • 建物カルテは、施設ごとの劣化状況・改修履歴・費用を一元管理する台帳
  • 長寿命化事業では、構造体の劣化状況等の調査が採択要件になっている
  • 調査費用は文科省の実例で70万〜600万円(5,000平方メートルの校舎1棟あたり)
  • 実施方法は3類型あり、耐力度調査の一部に絞る方式が48%と最も多い
  • 複数校を一括発注する、耐震診断時の結果を流用するなどの費用抑制策がある

建物カルテとは何か?

建物カルテとは、施設ごとの劣化状況、改修・修繕の履歴と費用、教育研究ニーズへの適応状況などの情報を整理し、一元的に管理する台帳です。

文部科学省の資料では、劣化状況や劣化リスクに加え、改修や修繕の履歴と費用、教育研究ニーズへの適応状況等の施設情報を整理のうえ、施設カルテ等を作成してデータを一元的に管理するとともに、情報共有を図ることが、個別施設計画の実施体制を構築するうえで有効であるとされています。

呼び方は自治体によって異なります。施設カルテ、建物カルテ、施設情報シートなど。中身は概ね同じです。

個別施設計画そのものの位置づけは学校施設の長寿命化計画(個別施設計画)とは?にまとめています。

なぜ調査が採択要件になっているのか?

長寿命化事業が、単なる老朽建物の改修ではないためです。

文部科学省の手引では、長寿命化事業は建物の構造躯体の補修や仕上げを耐久性に優れたものへ取り換えることなどにより、建物を築50〜60年程度で改築することなく、築80〜100年まで長寿命化させるために実施するものとされています。このため、劣化状況等の調査を採択の要件としています。

つまり「あと40年使える躯体かどうか」を確認せずに長寿命化改修をしても、制度の目的を果たせません。だから調査が前提になります。

長寿命化事業の採択要件

  • 建築後40年以上経過しているもの
  • 今後30年以上使用を予定しているもの
  • 構造体の劣化状況等について調査を行い、コンクリートの中性化対策、鉄筋の腐食対策、鉄筋のかぶり厚さの確保などの工事を必要とするもの
  • 個別施設ごとの長寿命化計画に基づくもの

構造体の劣化状況の把握が必須です。

予防改修事業の場合

  • 建築後20年以上40年未満であるもの、または長寿命化改良後20年以上経過したもの
  • 個別施設ごとの長寿命化計画に基づくもの

こちらは構造体の劣化状況の把握は不要です。ただし築40年以上の建物で予防改修を行う場合は事前相談が必要とされ、劣化状況を把握のうえ劣化していないことの証明が求められます。

算定割合や国庫補助の枠組みは学校施設環境改善交付金とは?を参照してください。

劣化状況調査では何を調べるのか?

構造躯体が今後も使えるかを判定するための4項目が中心です。

調査項目方法何が分かるか
コンクリート中性化深さはつり面に指示薬を噴霧し、着色しない部分の深さを測定鉄筋かぶり厚さを超えて中性化しているか
鉄筋かぶり厚さコンクリート躯体表面から配筋までの距離を測定かぶり厚さが設計寸法未満か
鉄筋腐食度合い鉄筋の腐食度合いを確認錆なし/大部分が錆あり/層状錆(リブが剥離)
コンクリート圧縮強度・不同沈下量コアを採取して圧縮強度試験、建物の傾きを測定強度不足や不同沈下がないか

圧縮強度不足や不同沈下が確認されれば、長寿命化改修ではなく改築も検討することになります。

実例では、コンクリート強度が13.5N/平方ミリメートル以上であり構造躯体に著しい劣化がなかったことから、改築ではなく長寿命化改修を行うこととした、という判断が複数の自治体で示されています。

診断手法の詳細は学校のコンクリート中性化調査とは?、老朽化全般の調査は学校の老朽化調査とは?で扱っています。

耐力度調査という選択肢

公立学校建物の耐力度調査は、構造耐力・健全度・立地条件の3区分で構成されます。

  • A 構造耐力:保有耐力、層間変形角、基礎構造、地震による被災履歴
  • B 健全度:経年変化、鉄筋腐食度、コンクリート中性化深さおよび鉄筋かぶり厚さ、躯体の状態、不同沈下量、コンクリート圧縮強度、火災による疲弊度
  • C 立地条件:地震地域係数、地盤種別、敷地条件、積雪寒冷地域、海岸からの距離

劣化状況調査として、この耐力度調査を全部行うか、一部に絞るかが実務上の判断になります。

調査費用はいくらかかるのか?

文部科学省が23自治体に行ったアンケートによれば、5,000平方メートルの校舎1棟あたり70万〜600万円です。実施方法によって幅があります。

実施方法実施校数割合調査費用特徴
耐力度調査のすべて5校22%300〜600万円耐力度点数を把握できる
耐力度調査の一部11校48%100〜400万円項目を絞るため費用を抑制できる
自治体の独自調査7校30%70〜400万円自治体の調査ノウハウを利用して費用を抑制できる

最も多いのは、耐力度調査のうち主に健全度について調査する方式で48%です。次が自治体独自の調査方法で30%でした。

実際の事例

同じ手引に、学校名と金額が公表されています。

自治体・学校延床面積調査費築年数
東京都 板橋区立舟渡小学校 校舎6,804平方メートル885,600円築51年
愛知県 名古屋市立清水小学校 校舎5,026平方メートル795,000円築54年
愛知県 岡崎市立岡崎小学校 校舎5,566平方メートル1,259,000円築47年
愛知県 刈谷市立富士松東小学校 校舎5,277平方メートル2,100,000円築42年
大阪府 泉大津市立条南小学校 校舎4,969平方メートル2,420,000円築44年
京都府 京都市立朱雀中学校 校舎4,449平方メートル6,382,000円築47〜61年

面積がほぼ同じでも、金額は8倍近く違います。調査項目の絞り方と発注単位の違いによるものです。

予算要求で「1棟あたり◯万円」と単価を置くとき、この幅を前提にしないと積算が外れます。調査費用の全体像は学校の現況調査の費用は?にまとめています。

調査費用はどう抑えるのか?

手引で紹介されている自治体の工夫は、大きく3つです。

複数校を一括で発注する

京都市の事例では、耐力度調査などの各調査について複数校を同一業者で一括発注することにより、契約額を抑えるよう努めたとされています。

岡崎市の事例でも、一度に複数の施設を調査委託することで事務負担の軽減を図ったとされています。

1校ずつ発注すると、現場ごとに仮設や移動の費用が乗ります。まとめれば単価は下がります。事務負担も減ります。

既存の調査結果を流用する

板橋区の事例では、調査委託費のコスト縮減のため、調査結果と耐震診断時(平成15年実施)との比較を行い、経年による変動を確認したうえで、耐震診断時の調査結果が使用可能と判断しています。そして今後の長寿命化事業実施校の選定については、耐震診断時の調査結果をもって選定することとしています。

耐震診断は多くの自治体で実施済みです。そのデータが使えるなら、新たな調査は不要または縮小できます。

文部科学省のセミナー資料でも、施設の現況調査や老朽化調査等の費用が高額となる場合においても、建築基準法12条点検の結果を活用するなどの工夫が可能であるとされています。

12条点検の位置づけは学校は特殊建築物であるで扱っています。

調査範囲を絞る

刈谷市の事例では、内部の建築技術者と相談し、近隣自治体の調査内容を参考に必要最低限の調査内容とし、渡廊下などで主たる建物に付随する建物の調査は除いたとされています。

全棟・全項目を一律に調べる必要はありません。判断に必要な項目に絞れます。

調査で気をつけることは何か?

泉大津市の事例に、実務上の課題が明記されています。

コンクリート強度、かぶり厚さ、中性化深さの測定は、コア抜きおよびはつり作業による破壊検査が一般的で、正確な数値を報告できる一方、調査に伴い作業音が伴います。平日については学校運営に支障が生じるおそれがあるため、実施日が休日および祝日になり、調査会社および担当者の負担が増える、とされています。

つまり調査は在校中に実施しにくい作業です。工程を組むとき、長期休業や休日に寄せる前提が必要になります。この制約は改修工事本体と同じです。進め方は学校改修の進め方ガイドにまとめています。

建物カルテをどう使うのか?

作って終わりではありません。3つの使い道があります。

優先順位づけの根拠にする

文部科学省の資料では、把握した施設情報をもとに建物や部位別の評価基準(健全度、緊急度および重要度等)を設定し、統一した基準により施設の客観的な評価を行うことが重要であるとされています。

学校ごとの要望を並べるのではなく、統一基準で並べる。これができると、庁内の合意形成が早くなります。優先順位のつけ方は補助金頼みにしない施設整備の優先順位づけを参照してください。

コストの平準化に使う

評価結果を用いて整備計画の作成・更新を行い、整備が集中する年度のコストを平準化します。

中長期修繕計画との接続は施設整備の中長期修繕計画の作り方にまとめています。

建替えか長寿命化かの判断材料にする

圧縮強度や不同沈下の結果は、そのまま改築判断に直結します。判断の枠組みは学校は建替え・長寿命化改修・統合のどれを選ぶ?で扱っています。

よくある質問

Q. 建物カルテがないと長寿命化事業は使えませんか。

A. カルテそのものが要件ではありません。要件は個別施設ごとの長寿命化計画に基づくことと、構造体の劣化状況等の調査を行うことです。ただしカルテがあると、計画の策定と更新が大幅に楽になります。

Q. 調査は全棟やる必要がありますか。

A. 実例では、渡廊下など主たる建物に付随する建物を調査から除いた自治体があります。判断に必要な範囲に絞ることは可能です。

Q. 耐震診断のデータは何年前まで使えますか。

A. 一律の基準はありません。板橋区の事例では平成15年の耐震診断結果と平成28年の調査結果を比較し、経年による変動を確認したうえで使用可能と判断しています。比較検証が前提になります。

Q. 調査費用に国庫補助はつきますか。

A. 長寿命化改良事業の対象経費に調査費が含まれるかは、事業区分と経費の扱いによります。所管に確認してください。対象経費の考え方は補助金の対象経費・対象外経費の線引きで扱っています。

Q. 技術職員がいない自治体でも作れますか。

A. 文部科学省の資料では、教育委員会内に建築の専門知識を有する職員がいない場合は、営繕担当部署や他の文教施設の担当部署等と連携するなど、全庁的な検討体制の構築に向けた取組が重要であるとされています。

まとめ

建物カルテは、施設ごとの劣化状況と履歴を一元化する台帳です。そして長寿命化事業の採択には、構造体の劣化状況等の調査が要件として求められます。

調査費用は5,000平方メートルの校舎1棟あたり70万〜600万円。実施方法によって幅があり、耐力度調査の一部に絞る方式が48%と最も多く採られています。

費用を抑える手は3つあります。複数校の一括発注、耐震診断や12条点検の結果の流用、調査範囲の限定です。いずれも実際の自治体が採った方法で、文部科学省の手引に記載されています。

調査は破壊検査を伴うため休日施工になりやすく、工程の制約が出ます。予算と工程の両方を、最初から織り込んでおく必要があります。

参考・出典

記載の制度は公表時点のものです。最新の要件・割合・期限は所管省庁の公表資料でご確認ください。

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