断熱改修は「省エネのための工事」と思われがちですが、学校では別の意味を持ちます。空調設備を小さくするための工事です。
文部科学省は明確にこう述べています。断熱性の確保がされていない体育館へ空調を設置した場合、過大な能力の空調機が必要となったり、光熱費が過大となったりと、効率的・効果的な施設整備ができません。
この記事では、部位別の工法と、実際の工事費、そして判断のタイミングを整理します。
目次
効果は「冷房能力が半分になる」
文科省の試算(東京・延床930㎡の体育館/令和5年9月時点)が、効果を最も分かりやすく示しています。
| 断熱性のない体育館 | 断熱性を確保した体育館 | |
|---|---|---|
| 必要な冷房能力 | 128kW(室内機8台) | 70kW(室内機5台) |
| 空調設置工事費 | 3,900万円 | 2,600万円 |
| 断熱化改修工事費 | — | 4,000万円 |
| 電気代 | 年間280万円 | 年間140万円 |
※屋根=断熱カバー工法(硬質ウレタンフォーム35mm)、内壁=断熱化(押出法ポリスチレンフォーム50mm)+シナ合板張りを想定。電気料金1kWhあたり30円。一定条件下の試算であり、同様の結果を保証するものではありません。
文科省の試算では、空調設置時に断熱化改修を実施することで、15年目の空調更新の際に断熱化改修工事費の回収が可能とされ、40年で5,500万円の経費削減と見込まれています。
読むべきは「室内機が8台から5台に減る」という点です。機器が減れば、設置工事も、電源容量も、その後の更新費用も減ります。断熱は光熱費だけでなく、設備の規模そのものを小さくする工事です。
【重要】国は数値目標を示していない
ここが実務上、最も注意すべき点です。文科省の資料には次のように明記されています。
確保すべき断熱性能の数値等は示していませんので、既存建物の断熱性能等に応じ、経済性に配慮しつつ効果的な断熱化ができるよう、必要に応じて専門家等に相談しつつ、断熱性を確保してください。
「この数値を満たせばよい」という基準がありません。建物ごとに現況が違うため、一律の目標を置けないという判断です。
つまり断熱改修は、仕様を決める前に「調査と分析」が必要な工事です。文科省が示す検討フローも次の4段階になっています。
- 調査——設計図書の確認、現地確認、必要に応じて専門業者に委託
- 分析——調査結果を踏まえ、状況・規模に応じた適切な断熱性を確保する方法を検討
- 設計
- 工事
そして「断熱性能向上に係る費用や断熱性能に応じた空調能力を選定するなど、イニシャルコストとランニングコストの両面から検討」することが求められています。
部位別の工法
文科省が示す体育館の断熱性確保工事の例です。
| 部位 | 工法の例 |
|---|---|
| 屋根・天井 | 断熱材充填、遮熱塗装、遮熱処理の鋼板張り、断熱カバー工法、天井断熱 など |
| 壁 | 断熱材充填、遮熱塗装、遮熱処理の鋼板張り、断熱材の張り付け・吹きつけ など |
| 床 | 断熱材充填、床下断熱 など |
| 建具 | 建具の隙間ふさぎ、建具改修、ガラスコーキングの改修 など |
| 窓 | 複層ガラス設置、日射調整フィルム など |
断熱と遮熱は違う
混同されやすい2つを整理します。
- 断熱:熱の伝わりを抑える。断熱材の充填やカバー工法など。夏の暑さにも冬の寒さにも効く
- 遮熱:日射(放射熱)を反射する。遮熱塗装や日射調整フィルムなど。主に夏の日射熱取得を抑える
実例を見ると、「屋根面からの日射熱取得量が大きい」と分析された建物では遮熱塗装が選ばれ、「壁面に断熱材がなく気密性が低い」と分析された建物では断熱材充填が選ばれています。症状に応じて工法が変わります。
なお、屋根の外断熱(既存屋根の上に断熱材を敷き、その上に防水シートを貼る工法)には、屋根を張り替えずに施工できることに加えて、雨音が室内に響きにくくなるという副次効果もあります。体育館では音環境の改善につながります。
【実例】5つの設計事例と工事費
文科省が公表している実際の事例です。建物の状況によって、選ばれる工法も費用もまったく違うことが分かります。
| 建築年/構造/延床 | 分析された課題 | 選択した工法 | 断熱工事費/工期 |
|---|---|---|---|
| 1988年/RC造/2,191㎡ | 屋根面からの日射熱取得量が大きい | 屋根遮熱塗装 | 1,150.7万円/23日 |
| 1985年/鉄骨造/540㎡ | 壁面に断熱材がなく気密性が低い。屋根面の日射熱取得も大きい | 屋根遮熱塗装+天井断熱+断熱材充填+床下断熱+日射調整フィルム | 2,055.0万円/79日 |
| 1971年/鉄骨造/761㎡ | 専門家に基本調査を委託し、費用対効果を検討 | 屋根断熱カバー工法 | 2,560.1万円/43日 |
| 1986年/鉄骨造/1,282㎡ | 外部建具の隙間、ガラスコーキングの気密性低下 | 屋根断熱カバー工法+建具の隙間ふさぎ | 2,753.2万円/268日 |
| 1967年/鉄骨造/510㎡ | 壁面に断熱材がなく気密性が低い。屋根面の日射熱取得も大きい | 壁面への断熱材張付け・吹付け+屋根遮熱塗装+建具改修 | 7,681.9万円/184日 |
ここから読み取れることが3つあります。
1. 遮熱塗装だけなら安く、短い。1988年RC造の事例は、2,191㎡と最も大きい建物ながら1,150万円・23日で完了しています。屋根の日射だけが課題なら、対策は限定的で済みます。
2. 壁の断熱は高い。1967年の事例は510㎡と最小の建物ですが、壁面への断熱材張付け・吹付けを行ったため7,681万円と突出しています。面積ではなく工法で費用が決まります。
3. 工期が読みにくい。23日で終わる事例もあれば、268日かかる事例もあります。学校では長期休暇に収まるかどうかが決定的なので、工期は事前に確認すべき項目です。
校舎の断熱改修
体育館の議論が先行していますが、校舎にも同じ論点があります。
普通教室の空調設置率は99.1%に達しており、すでに空調が入っている校舎で断熱改修を行えば、光熱費の削減と快適性の向上に直結します。また、2018〜2019年の緊急整備で一斉導入した空調は、2033年前後に更新時期を迎えます。その更新時に断熱を済ませておけば、更新する機器の容量を小さくできます。
校舎で有効とされる手法には、外断熱・内断熱のほか、庇・バルコニーの設置、屋上緑化・壁面緑化などもあります。
そして断熱は、省エネ・ZEB化の土台です。全国初のZEB達成校である瑞浪市立瑞浪北中学校は、太陽光を使わず省エネ手法だけで一次エネルギー消費量を50%削減しています。(学校施設の省エネ・ZEB化/K037)
補助制度
- 空調設備整備臨時特例交付金——避難所指定校の屋内運動場への空調新設および関連工事。算定割合1/2。対象工事費は下限400万円〜上限7,000万円。令和6年度から令和15年度まで。断熱性のない体育館では断熱工事費も補助対象
- 学校施設環境改善交付金——大規模改造(質的整備)の内部環境改善に断熱改修が含まれる(1/3)。屋内運動場の空調新設および併せて実施する断熱性確保工事は1/2の特例あり(期限に注意)
国が「空調+断熱を一体で補助する」と明示していること自体が、断熱なしの空調を非効率と認めている証拠です。詳細は学校施設環境改善交付金の使い方(K168)と学校の省エネ・脱炭素改修に使える補助金(K162)をご覧ください。
実務の勘所
| 検討項目 | 課題・発生するリスク | 解決の方向 |
|---|---|---|
| 空調を先に設置 | 断熱前の負荷で機器を選定するため、128kW仕様のような過大な能力になる。後から断熱しても機器は替えられず、電気代も高いまま固定される | 断熱と空調を同一工事として設計する。交付金も断熱工事費を対象に含んでいる |
| 調査せずに仕様を決める | 国は数値目標を示していないため、現況調査なしでは適切な工法を選べない。効果の出ない部位に費用をかけてしまう | 調査→分析→設計の順で進める。日射熱取得が課題なのか、気密性が課題なのかを特定する |
| 工期の見込み違い | 実例では23日〜268日と幅がある。長期休暇に収まらず、授業期間に食い込む | 工法ごとの工期を設計段階で確認する。長期休暇に収まる工法の組み合わせを検討する |
| 屋根防水との調整不足 | 屋根断熱カバー工法は防水層に関わる。防水の更新時期を考慮せず施工すると、二重投資になる | 屋上防水の残存年数を確認し、更新時期に合わせて実施する。太陽光の設置計画とも調整する |
| 電気容量の確認漏れ | 断熱の有無で必要な冷房能力が約2倍変わる。断熱しないまま空調を入れると受変電設備の容量を超える | 断熱後の負荷で容量を試算する。キュービクルの更新要否を早期に判断する |
| 内装との干渉 | 内壁の断熱化は仕上げのやり直しを伴う。内装改修と別発注すると同じ壁を二度触る | 内装改修・照明更新と工事範囲を重ねる。内装の反射率が変われば照度計画にも影響する |
断熱は「他の工事のついで」にしかできない
断熱改修が単独で発注されにくいのには理由があります。断熱材そのものより、そこに到達する工事のほうが大きいからです。
屋根の断熱は、屋根を触る工事です。屋上防水の改修と同じ場所。壁の断熱は、内装または外壁を触る工事です。内装改修・外壁改修と同じ場所。窓の複層ガラス化は建具の工事で、外壁改修の足場が使えます。
足場・仮設・養生は共通費であり、何の工事のために架けても金額はほとんど変わりません。断熱のためだけに足場を架けるのは、最も効率の悪い発注方法です。
逆に言えば、屋上防水・外壁改修・空調更新・長寿命化改修——これらの機会が、断熱を入れられる唯一のタイミングです。そしてその機会は、建物の一生で数回しかありません。
判断の順序も決まっています。断熱を先に決め、それから空調の容量を決める。逆にすると、過大な機器が40年固定されます。文科省が「イニシャルコストとランニングコストの両面から検討」と言っているのは、この順序のことです。
体育館の空調設置率は22.7%。まだ8割近くの学校が、この順序を選べる位置にいます。
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光建舎は教育施設の設計・改修を専門とし、現況調査から設計・施工管理までを一貫して対応します。断熱性能の現況調査・分析、部位別の工法選定、空調負荷の低減効果の試算、屋上防水や外壁改修と束ねた工事計画までご提案します。全国対応・現地調査とオンライン協議の併用で、構想段階からのご相談を承ります。
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- 学校施設環境改善交付金の使い方(K168)
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参考・出典
- 文部科学省「体育館空調設置に伴う断熱性確保工事(遮熱対策を含む)について」(断熱性確保工事の例・設計事例5件)
https://www.mext.go.jp/content/20240820-mxt_sisetujo-000010164_02.pdf - 文部科学省「体育館の断熱性確保による電気代削減効果について(試算)」(令和5年9月時点)
https://www.mext.go.jp/content/20230908-mxt_sisetujo-000010164_01.pdf - 文部科学省「公立学校施設の空調(冷房)設備の今後について」(屋内運動場断熱・遮熱対策事例集ほか)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/mext_00943.html - 文部科学省「学校体育館等への空調整備の加速に向けて」
https://www.mext.go.jp/content/20250109-mxt_sisetujo-000010164_1.pdf - 文部科学省「学校施設環境改善交付金交付要綱(空調設備整備臨時特例交付金を含む)」(最終改正 令和7年4月1日)
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyosei/unyou/20250410-ope_dev02-1.pdf - 文部科学省「脱炭素社会と環境教育に貢献する学校施設の『ZEB』化」(瑞浪北中学校)
https://www.mext.go.jp/co-sha/ideas/case12_mizunamikita_00001.html
※記載の制度や法令は公表時点のものです。最新情報は各所管の公表資料をご確認ください。
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