目次
診断から工事までの進め方
私立学校の耐震化は、構造体についてはかなり進みました。一方で、天井材や照明器具、窓ガラスといった非構造部材の対策は、まだ半分以下です。地震で落ちてくるのは、構造体よりむしろこうした部材です。避難所になる体育館では、被害の影響も大きくなります。
耐震改修には国の補助がありますが、年度ごとの募集に応じて採択されるもので、要件を満たせば必ず受けられるものではありません。診断、設計、工事の各段階で、補助の時期と自己資金の手当てを組み合わせて進める必要があります。
この記事では、①耐震化の現状、②何を対象に進めるか、③使える補助と融資、④診断から工事までの流れ、⑤注意点、の5点を整理します。
この記事の要点
- 令和7年4月1日現在、私立の幼稚園から高校までの14,977棟のうち、耐震化率は94.3%
- 昭和56年以前の旧耐震基準の5,029棟のうち、耐震診断を実施したのは4,518棟で89.8%
- 非構造部材は、点検の実施が80.4%、対策の完了が39.8%にとどまる
- 国の補助では、安全・安心な教育環境の実現のメニューが耐震対策を対象とし、補助率は高校等1/3以内、大学1/2以内
- 日本私立学校振興・共済事業団の融資と利子助成を組み合わせて、自己負担分を手当てする方法がある
私立学校の耐震化はどこまで進んでいるか?
構造体はほぼ終わり、非構造部材が残っています。
文部科学省の調査(令和7年4月1日現在、幼稚園から高等学校まで)の結果は次のとおりです。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 調査対象 | 14,977棟 |
| 耐震化率 | 94.3% |
| 新耐震基準の建物 | 9,948棟 |
| 旧耐震基準の建物 | 5,029棟 |
| 旧耐震のうち耐震診断を実施 | 4,518棟(89.8%) |
| 吊り天井の落下防止対策(対策が必要な361棟のうち) | 86.4% |
| 非構造部材の点検の実施 | 80.4% |
| 非構造部材の対策の完了 | 39.8% |
構造体の耐震化率が94.3%である一方、非構造部材の対策は39.8%です。点検は8割で行われているので、「危ないと分かっているが手を付けられていない」状態の建物が相当数あることになります。点検の結果を記録に残し、対策の順番と時期を決めることが次の一歩です。
診断が済んでいない建物が残る
旧耐震基準の5,029棟のうち、約1割にあたる511棟で耐震診断が実施されていません。診断をしなければ、補強が必要かどうかも、費用の見込みも立ちません。補助の申請にも診断結果が必要になるため、まず診断を行うことが出発点です。
何を対象に進めるか?
3つに分けて考えます。
| 対象 | 内容 | 優先度の考え方 |
|---|---|---|
| 構造体 | 柱、梁、壁、基礎 | 倒壊の危険に直結する。診断で耐震性能が低いと判定された建物を最優先 |
| 吊り天井 | 体育館や講堂などの大空間の天井 | 落下すると人的被害が大きい。避難所に指定されている体育館は特に重要 |
| その他の非構造部材 | 照明器具、窓ガラス、外壁材、内壁、書棚、設備機器 | 発生頻度が高い。比較的低い費用で対策できるものが多い |
非構造部材は費用対効果が高い
照明器具の落下防止、ガラスの飛散防止フィルム、書棚や設備の固定は、構造体の補強に比べて費用が小さく、工期も短く済みます。授業への影響も限られます。大規模な改修の予算がつかない年でも、進められる対策があります。
体育館の吊り天井は、落下防止の措置を講じるほか、撤去して軽量な仕上げに変える方法もあります。体育館の改修全体は学校施設の体育館改修とは?で扱っています。
どんな補助と融資が使えるか?
国の補助と、私学事業団の融資が柱になります。
国の補助
私立学校施設整備費補助金のうち、安全・安心な教育環境の実現のメニューが、非構造部材や構造体の耐震対策、避難所機能の強化等を対象としています。補助率は高校等で1/3以内、大学で1/2以内です。
メニューの構成と申請の流れは私立高校の施設整備に国の補助はどう使うか?、制度全体は私立学校施設整備費補助金の全体像にまとめています。
私学事業団の融資
日本私立学校振興・共済事業団は、学校法人向けの貸付を行っています。文部科学省の資料では、令和8年度の概算要求として事業規模600億円(うち財政融資資金288億円)の融資を行い、利子助成により支援するとされています。
補助の対象外になる経費や、補助率を超える自己負担分を、長期の借入れで手当てする方法です。金融機関の融資と条件を比べたうえで選びます。返済の見通しを含めた資金の組み方は補助金と税制を組み合わせた資金計画はどう立てるか?を参照してください。
都道府県の補助
都道府県が独自に、私立学校の耐震対策や非構造部材の対策への補助を設けている場合があります。国の補助と併用できるかは要綱によるため、事前に私学担当課に確認します。
診断から工事までどう進むか?
5つの段階があります。
1. 耐震診断
旧耐震基準の建物について、構造の専門家が現地調査と計算を行い、耐震性能を評価します。図面がない建物では、現況の調査に手間と費用がかかります。コンクリートの強度を確かめるための試験も行います。
2. 補強設計
診断の結果を踏まえ、必要な補強の方法を設計します。ブレースの設置、耐震壁の増設、柱の巻き立てなど、工法によって費用も使い勝手への影響も変わります。教室の窓を塞ぐ補強は、採光や動線に影響するため、教育上の影響も含めて比較します。
3. 補助の申請
設計の概要と概算費用が固まった段階で、年度の募集に応じて申請します。内定前の着手は補助の対象外です。
4. 工事
在校中に施工する場合は、工区を分け、長期休業期間に音や振動の大きい作業を集中させます。仮設の教室が必要になる場合は、その費用と場所も計画に含めます。
5. 完了後の手続き
実績報告を提出し、精算を受けます。補助を受けた施設には財産処分の制限がかかるため、その後の用途変更や貸付の際は確認が必要です。耐震性能が確保されたことを、在校生と保護者に説明する機会も設けておきます。
非構造部材の点検は何をするのか?
点検の対象は、建物の中で落ちる、倒れる、飛散するおそれのあるものです。
| 部位 | 点検の観点 | 主な対策 |
|---|---|---|
| 天井(体育館・講堂・廊下) | 吊りボルトの間隔、ブレースの有無、劣化 | 落下防止措置、撤去して軽量化 |
| 照明器具 | 取付けの方法、経年劣化 | 落下防止ワイヤ、器具の更新 |
| 窓ガラス | ガラスの種類、サッシの状態 | 飛散防止フィルム、強化ガラスへの交換 |
| 外壁・内壁 | タイルの浮き、モルタルの剥離 | 打診調査、補修、撤去 |
| 家具・設備 | 書棚、ロッカー、テレビ、実験機器 | 固定金具、転倒防止 |
| 設備機器 | 屋上の空調室外機、受水槽、配管 | アンカーの補強 |
このうち、家具の固定やフィルムの施工は、工事というより日常の管理に近い作業です。点検で見つかった箇所を放置しないよう、対応する担当と期限を決めて記録します。
点検の結果は、建物ごとの台帳にまとめておくと、次の改修の計画に使えます。記録の方法は建物カルテとは何か?を参照してください。
費用はどう見込むか?
耐震改修の費用は、建物の構造、規模、耐震性能の不足の程度、採用する工法によって大きく変わります。公表された単価をそのまま当てはめて見込むことはできません。
見込みを立てる手順は次のとおりです。
1. 診断の結果から不足量を把握する
耐震性能がどれだけ不足しているかによって、必要な補強の量が決まります。わずかに不足している建物と、大きく不足している建物では、費用が何倍も違います。
2. 複数の工法で概算を取る
同じ建物でも、外付けの補強と内部の補強では費用も工期も変わります。設計者に複数の案で概算を出してもらい、教育活動への影響と合わせて比べます。
3. 改築との比較も行う
築年数が古く、補強の費用が大きくなる場合は、建て替えの方が有利になることがあります。今後何年使うのかを決め、長期の費用で比べます。比べ方は施設投資のROIはどう考えるか?にまとめています。
4. 付随する工事を含める
補強の工事に伴い、内装の復旧、設備の移設、外壁の補修が必要になります。補強そのものの費用だけで判断すると、総額が大きく膨らみます。
どんな点に注意すべきか?
4つあります。
診断だけで終わらせない
診断の結果、補強が必要と判定されても、費用の問題で工事に進めない例があります。診断を受ける前に、補強が必要になった場合の資金の当てと、実施の優先順位の考え方を決めておきます。
大規模な建築物の診断義務
建築物の耐震改修の促進に関する法律では、一定規模以上の建築物について耐震診断の実施と結果の報告が求められる場合があります。自校の建物が該当するかを、所管行政庁に確認してください。
避難所に指定されている場合
体育館が避難所に指定されている場合、地域の防災計画上の位置づけがあります。吊り天井の対策や照明の落下防止は、在校生の安全だけでなく、避難者の安全にも関わります。自治体の防災担当と情報を共有しておくと、地域の理解も得やすくなります。
他の改修と時期を合わせる
外壁や屋上防水の改修、空調の更新と時期を合わせると、足場や仮設の費用の重複を避けられます。長寿命化改修の機会に耐震補強を組み込む形が、費用の面では有利です。
よくある質問
Q. 耐震診断の費用にも補助はありますか。
A. 制度によっては診断の経費が対象になります。私立幼稚園を対象とする補助では、耐震診断の経費が対象とされ、診断後3年以内に耐震補強へ着手することが条件とされています。年度の要綱で確認してください。
Q. 新耐震基準の建物なら対策は不要ですか。
A. 構造体については新耐震基準を満たしていますが、非構造部材の対策は別です。天井、照明、書棚、設備機器の固定は、建築年にかかわらず点検が必要です。
Q. 図面が残っていない建物はどうしますか。
A. 現況調査で寸法や配筋を確認し、診断に必要な情報を復元します。費用と期間が増えるため、早めに着手します。復元した図面は、その後の改修でも使えます。
Q. 補強の工法はどう選びますか。
A. 耐震性能、費用、工期に加え、採光や動線、外観への影響で比べます。設計者に複数の案を出してもらい、教育活動への影響も含めて判断します。
Q. 在校生がいる中で耐震補強はできますか。
A. できます。工区を分け、音や振動の大きい作業を長期休業期間に集中させるのが一般的です。教室を一時的に移す場合は、移動先と移動の時期を年度の初めに決めておきます。
Q. 補助が採択されなかった年はどうしますか。
A. 非構造部材の対策など、比較的小さい費用で進められるものから実施する方法があります。安全に関わる対策は、補助の有無にかかわらず優先順位を決めておきます。
まとめ
私立学校の耐震化は、令和7年4月1日現在で幼稚園から高校までの14,977棟のうち94.3%まで進みました。一方、非構造部材の対策は39.8%にとどまり、点検だけが済んでいる状態の建物が多く残っています。
国の補助では、安全・安心な教育環境の実現のメニューが耐震対策を対象とし、補助率は高校等1/3以内、大学1/2以内です。自己負担分は、私学事業団の融資と利子助成、都道府県の補助を組み合わせて手当てします。
構造体、吊り天井、その他の非構造部材に分け、費用の小さい対策から着実に進めることが現実的です。診断を受ける前に、補強が必要になった場合の資金と優先順位を決めておくことで、診断だけで止まる事態を避けられます。
参考・出典
- 文部科学省「私立学校施設の耐震改修状況等調査結果の概要(幼稚園〜高等学校)」(令和7年4月1日現在) https://www.mext.go.jp/content/20260326-mxt_sigakujo-100001477_04.pdf
- 文部科学省「私立学校施設の耐震改修状況等調査結果の概要(掲載ページ)」 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/006/1259295.htm
- 文部科学省「令和8年度概算要求 私学助成関係の説明」 https://www.mext.go.jp/content/20250826-ope_dev02-000044427_6.pdf
- 建築物の耐震改修の促進に関する法律
記載の制度・データは公表時点のものです。最新の要件・補助率は、文部科学省と都道府県の私学担当課でご確認ください。
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